matobaの考えてること

考えていることをとりあえず垂れ流していくブログです。

謝っていることに追加で怒る意味はない?

「謝っていることに追加で怒る意味はない」と思い出した。

ようやく、気づいた、という方がいいかも。

謝っているということは、相手にとって都合が悪いことをしたということは認知している。

ただ、認知と行動は別。

認知したとしても、行動するかどうかはわからない。

認知した後に、行動するかどうかは、相手に委ねられる。

相手の目線から見て、行動したほうが合理的だと考えられれば、行動が変化するように思う。

と思ったが、合理的に動けない人もいるな。

自分もいつでも合理的に動けるわけではない。

この本を思い出した。

予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版

予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版

あと、この辺も。

スタンフォードの自分を変える教室 スタンフォード シリーズ

スタンフォードの自分を変える教室 スタンフォード シリーズ

これも。

選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義 (文春文庫)

選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義 (文春文庫)

意思決定とか選択の心理学。

自分は、こう言うタイプの話が好きなので、読んで、何が自分の行動や意思決定に影響を与えているかを知ろうとする。 そして、その影響を可能な限り抑制しようと試みたりもする。

でも無意識にそう言う影響を受けたままの人もいるんだろうな。 むしろ、意識的に、無意識の意思決定に身を委ねる人もいるかもしれない。

うーむ。わからなくなってきた。